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ここ一ヶ月ほど、毎晩同じ人物が夢に出て来る。内容は忘れているし彼にも五年前に二回会っただけなので顔はほとんどうろ覚えだが、それでも彼が夢に出てきたと、朝起きる度に思い出す。

恐らく夢では無かった五年前、わたしは初めての彼との対面に於いて大きなしくじりを犯した。すべきで無い行動をし、言うべきで無い言葉を言った。彼は声を荒げさえしなかったが、わたしを軽蔑しているというような内容のことを言った。アルコールによる偏頭痛を抱えながらの帰り道、もう二度と会えないのを知り始めていた。そしてそれが残念でならなかった。わたしは既に彼に親しみを持ち始めてもいたからだ。たった一度の過ち、誤りによってこれから交わされるはずだった百億の会話が霧消する。出来ればまた明日にでも今夜の話の続きを聞きたかった。全く吠えない犬のように、行儀良く、お利口に。

確かにその次の日わたしは大学の授業をサボって家で寝ていただけだったが、更にそれから二週間か三週間かののち、彼からまた何事も無かったかのように連絡があり、何事も無かったかのように会った。とても嬉しく、神経質な小型犬のように声を上げた。でもそれくらいは過ちでも誤りでも何でも無かった。取るに足らないことだった。

五年が経った。永遠の中のむなしい五年間なのか、あの二週間か三週間かが五年に引き延ばされただけなのかはわからない。彼の夢を見て起きると全身にひどく汗をかいている。洗面台の前に立ち顔を見る。べたべたと脂っぽい頬に抜けた睫毛が数本こびりついている。あの晩の痛みが蘇る。わたしの過ち、わたしたちの誤り。すべてがもう遠い過去のことであとは何も思い出せない。